お寺

ワット・バーンラオ・プラチャオ・ターキアオ

パーサーン
霊性を求める旅人や聖地巡礼を好む人々にとって、ワット・バーンラオ・プラチャオ・ターキアオ は パーチャン地域で最も古い寺院の一つであり、ぜひ訪れたい場所です。この古刹は千年以上にわたり、地域の精神的支柱として存在してきました。 本堂には、尊敬を集める 緑眼の仏像 が安置されています。黒色調の古い仏像で、金箔を施した漆喰で作られ、ハリプンチャイ王国の初代統治者 チャーマデーウィー女王 の時代に 遡ると伝えられています。 戒堂内部は広々として美しく装飾され、長い年月にわたる信仰と芸術性が感じられます。この聖地は今もなお、ラムプーンの文化・信仰・地域アイデンティティを象徴する 大切な場所として愛されています。

伝承によれば、仏陀の時代、世尊は ドイ・チョムトーン〜ドイ・ノーイ 周辺の ラワ族の地を巡り、この地域が将来 ハリプンチャイ王国 として 繁栄することを予言されたといいます。

その後、ラワ族の メンカブット と村人たちは 仏陀の教えを聞き、深い信仰を抱きました。その時、インドラ神 がこの地に聖遺物を 安置することを願い出ました。仏陀は大いなる慈悲をもって御髪を一束授けられました。

人々は 御髪の仏舎利 を奉安するために 地下室を築き、豪華な供物とともに納め、ナーガ たちが加勢するほど厳重に封印しました。

数百年後、ハリプンチャイ王国の初代統治者 チャーマデーウィー女王 は 二人の王子 マハンタヨット王、アナンタヨット王 とともに 聖なる洞窟を訪れ、舎利を恭しく迎えました。そして舎利の上に後世まで礼拝できる 大仏像を建立することを決意しました。

建造が進む中、仏面の造形をめぐって工匠たちの意見が割れました。それを見た インドラ神が白衣の仙人の姿で降臨し、完璧な美しさで仏面を仕上げ、さらに翡翠色に輝く二つの神宝を 仏陀の両眼として安置しました。

仏像は 仏暦1235年 に完成し、人々はこれを 「ターキアオ仏(緑眼の仏)」 と呼びました。盛大な慶讃法要が行われ、やがてこの地は現在の ワット・プラチャオ・ターキアオ として発展し、地域の人々に深く崇敬される霊場となりました。

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